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「奈良時代の都は奈良、平安時代の都は京都(平安京)」。なんとなく知っているようで、「鎌倉幕府があった鎌倉は今の神奈川県」「飛鳥時代の都は奈良県の南部」となると、場所の感覚がぼんやりしていました。日本地図と重ねながら、時代と場所の関係を整理できるよう地図にまとめてみました。
この記事では、主要な各時代の都・政治の中心地を地図で確認しながら、なぜそこに都が置かれたのかという背景もあわせて整理してみます。
この記事でわかること
- 各時代の都の場所と現在の地名
- 遷都(都を移した)理由の主なパターン
- 地図で見る都の位置
各時代の都 一覧
| 時代 | 都・政治の中心 | 現在の場所 | 期間 |
|---|---|---|---|
| 飛鳥時代 | 飛鳥京(藤原京) | 奈良県明日香村・橿原市 | 〜710年 |
| 奈良時代 | 平城京 | 奈良県奈良市 | 710〜784年 |
| (長岡京) | 長岡京 | 京都府長岡京市 | 784〜794年 |
| 平安時代 | 平安京 | 京都府京都市 | 794〜1185年 |
| 鎌倉時代 | 鎌倉(幕府) | 神奈川県鎌倉市 | 1185〜1333年 |
| 室町時代 | 京都(室町幕府) | 京都府京都市 | 1336〜1573年 |
| 安土桃山時代 | 安土城・大坂城 | 滋賀県近江八幡市・大阪府 | 1573〜1603年 |
| 江戸時代 | 江戸(幕府) | 東京都 | 1603〜1868年 |
| 明治以降 | 東京 | 東京都 | 1869年〜現在 |
地図で見る都の位置
地図上のマーカーをクリックすると、各時代の都の情報が開きます。
遷都の主な理由
奈良 → 京都(794年)
奈良時代後期、仏教勢力(大寺院)が政治に強く干渉するようになりました。桓武天皇は仏教勢力の影響を断ち切るため、まず長岡京(784年)、さらに平安京(794年)へと遷都しました。「仏教から距離を置く」ことが遷都の大きな動機でした。
京都 → 鎌倉(1185年)
厳密には「遷都」ではなく、朝廷は京都に残しつつ、源頼朝が東国・鎌倉に武家政権(幕府)を開きました。鎌倉を選んだ理由は、三方を山・一方を海に囲まれた防衛に適した地形と、源氏ゆかりの東国の拠点だったためです。
鎌倉 → 京都(1336年)
足利尊氏が京都に室町幕府を開きました。天皇家・公家との関係を重視するため、朝廷のある京都に政権を置いたとされています。
京都 → 江戸(1603年)
徳川家康が東国の拠点・江戸に幕府を開きました。関東・東北という広大な土地を直接支配するため、地理的に有利な江戸を選んだとされています。朝廷は引き続き京都に置かれましたが、実権は江戸の幕府が握りました。
まとめ
- 奈良〜平安:都は近畿(奈良→京都)。朝廷中心
- 鎌倉:武家政権が東国(神奈川)に初めて開く
- 室町〜安土桃山:京都・近畿に戻る
- 江戸〜現代:東京(江戸)が政治の中心
→ 時代区分をざっくり覚える
→ 戦国時代をざっくり理解する
→ 天皇と時代の対応表


